焼きそば発祥の地は浅草か神保町か?意外なルーツと伝説の真相
焼きそば発祥の地は浅草か神保町か?意外なルーツと伝説の真相とはどんな影響があるのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。
ソース焼きそばのルーツを探る上で欠かせないのが、大正から昭和初期にかけて独自の進化を遂げた中華料理の炒麺(チャオメン)だ。当時、中国から伝わった炒麺は塩や醤油によるあっさりとした味付けが主流だった。しかし、終戦直後の混乱期にその様相は一変する。
戦後の闇市が活気づいていた浅草(東京都台東区)の屋台街では、手に入りにくかった小麦粉の麺を嵩増しするため、安価で手に入るキャベツが大量に投入された。水分の多いキャベツを入れると味が薄まるため、当時の職人たちは味が濃くドロッとしたウスターソースを採用。これが、現代のソース焼きそばの直接的な始祖とされる「浅草屋台説」の有力な根拠だ。
一方で、本の街として知られる神保町の老舗飲食店でも、同時期にソースを使った焼きそばが提供され始めたとされる。小麦粉の配給不足を補う工夫から生まれた庶民の知恵が、瞬く間に東京の下町全体へと広がり、全国の街頭屋台へと伝播していった歴史は実に興味深い。